スポンサーサイト

0

    一定期間更新がないため広告を表示しています

    • Category : - |
    • スポンサードリンク |
    • |
    • - |
    • - |
    • - |

    HAT TRICK=ハットトリック IN GAINESWAY FARM 2014(3)

    0

      http://www.gainesway.com

      HAT TRICK「ブルルルルルルルルルルル。」

      HAT TRICK「ヒュヒュヒュヒュ〜ン、ヒュヒュヒュヒュ〜ン!」

      HAT TRICK「パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ。」

      HAT TRICK「パカッ。」

      HAT TRICK「ブルルルルルルルルルルル、ヒュヒュヒュヒュ〜ン!」

      HAT TRICK「ブルルルルルルルルル。」

      ハットトリックは、父・サンデーサイレンス・母・トリッキーコードの仔として生まれた、青鹿毛のサラブレッドです。

      ゲインズウェイファームの放牧場にきて、放牧していると、大きい蹄の音を出していました。

      HAT TRICK「パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ。」

      ハットトリックが尻尾を上げて、ウーーーーーー!とうめき声を上げていました。

      HAT TRICK「ボト、ボト、ボト、ボト、ボト、ボト、ボト、ボト、ボト。」

      ハットトリックは、大きい緑色のうんこを、落としていました。

      ハットトリックが、尿を上げていました。

      HAT TRICK「バシャーーーーーーーーーーーーー!」

      ハットトリックは、大きい尿を、出していました。

      厩舎に戻ると、ハットトリックはエサをはんでは、過ごしており、就寝時は、ゴロンと寝ていました。

      今年の4月26日(日本時間・4月27日)に牡・13歳の誕生日を迎えた、ハットトリックは、来年の種牡馬シーズンもさらなる活躍を、期待したい想い、願っております。
      (終)

      HAT TRICK=ハットトリック IN GAINESWAY FARM 2014(2)

      0
        http://www.gaineway.com

        HAT TRICK「ブルルルルルルルルル。」

        HAT TRICK「ヒュヒュヒュヒュ〜ン、ヒュヒュヒュヒュ〜ン!」

        2012〜2013年シーズンから、ゲインズウェイファームで繋養生活をを送っている、ハットトリック。

        ハットトリックも、ゲインズウェイファームでの生活に慣れております。

        HAT TRICK「ブルルルルルルルルル。」

        HAT TRICK「フーーーー!」

        ハットトリックが繋養生活を送っている、ゲインズウェイファームは、1970年(昭和45年)に設立された、競走馬生産牧場で、ここには、アフリートアレックス・アフリートエクスプレス・バードストーン・タピットなどが繋養されている他、2012年にはタピザーが、2013年からは、トゥーオナーアンドサーブが繋養されており、ケンタッキー州を代表する牧場となっております。

        今年、ハットトリックにとって、大きなニュースが飛び込みました。

        13歳の誕生日を迎えて間もない、8月6日(日本時間・8月7日)・アメリカ・ニューヨーク州・サラトガスプリングスの、サラトガスプリングス競馬場で行われた、ジョンコールステークスに、産駒の1頭でチリからやって来た、トリッキーハットが、写真判定の末、1着となり、アメリカ東海岸の競馬で初の勝利をもたらすなど、サラトガスプリングス競馬場に初参戦した、ハットトリックの産駒が特別競走を制覇する活躍しました。

        ファグシテイプトン・サラトガ・ニューヨーク・イヤリングセールに、ハットトリックを父に持つ仔馬・2頭が初めて上場され、152500万ドルの最高値が付けられるなど、ハットトリックにとって驚きの価格で落札させる仔馬が出ました。

        2009年2月・WALMAC  FARM  LLCで、初年度産駒が生まれて以来、ハットトリックは、種牡馬としての地位を確立し、大きい青鹿毛の男馬に成長しました。

        HAT TRICK「ブルルルルルルル。」
        (3へ。)

        HAT TRICK=ハットトリック IN GAINESWAY FARM 2014

        0
          http://www.gainesway.com

          ハットトリックとは、イギリス語のサッカー用語で、1選手が1試合で3得点以上を挙げることの意味、サンデーサイレンスと、トリッキーコードの仔として、かわいい青鹿毛の馬として大きく成長した、大きな男の子の馬、それが、ハットトリックです。

          HAT TRICK「パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ。」

          HAT TRICK「パカッ。」

          HAT TRICK「ヒュヒュヒュヒュ〜ン、ブルルルルルルル。」

          ハットトリックは、2001年4月26日・北海道・追分町産の牡馬で、現役時代・キャロットファームの所有馬として、21戦8勝の成績を残しましたが、2007年5月8日には現役を引退しました。

          アメリカには、2007年の6月に種牡馬として輸入され、ケンタッキー州・レキシントン近郊・パリスパイクにある、WALMAC  FARM  LLC(ウォルマックファーム)を拠点として、シャトル種牡馬として、4年間・繋養生活を送っていましたが、2011年の11月中旬には、現在の繋養先・GAINESWAY FARM(ゲインズウェイファーム)にやって来ました。

          2012年から、GAINESWAY FARM(ゲインズウェイファーム)で、新繋養馬として生活を開始した、ハットトリックは、現在も、多くの仔馬を輩出しており、父・ハットトリックとして、種牡馬としての活躍が板についています。

          現役時代・ハットトリックは、美浦・清水美波(よしなみ)厩舎に所属しましたが、放牧休養の間に、栗東・角居勝彦(かつひこ)厩舎に転厩し、競走馬として、登録抹消の時まで活躍しました。

          2005年には、最優秀短距離馬にも選出されるなど、表彰を受けるに至りました。

          ハットトリックの母・トリッキーコードも、現役時代・アメリカで、サンタイネスブリーダーズカップを制覇するなど、競走馬として活躍し、後に、ハットトリックの生産者であります、追分ファームにより、繁殖牝馬として日本へ輸入され、一時・オーストラリアに売却されるも、買い戻しにより、再度・日本に輸入されました。

          ウォルマックファームで、種牡馬としてスタッドインして以来、4年間、ここを拠点に、オーストラリア・インディペンデントスタリオンズ・アルゼンチン・エルマリン牧場などで、シャトル種牡馬としても繋養生活を送った時もありましたが、2011年・牡・10歳の時、同じ、アメリカ・ケンタッキー・レキシントン近郊・パリスパイクにある、GAINESWAY FARM(ゲインズウェイファーム)に売却され、11月中旬には、現在の繋養先・ゲインズウェイファームにやってきており、2012年から、同ファームでの繋養開始と同時に、ゲインズウェイファームで繋養生活を送っており、現在も、種牡馬としての活躍が板についております。
          (2へ。)

          UTOPIA=ユートピア いよいよ、中旬にトルコへ出発。

          1
          2008年にスタッドインして以来、アメリカ・ニューヨーク州・サラトガスプリングスにある、マクマホン・サラトガ・サラブレッズで繋養生活を送ってきた、UTOPIA=ユートピア(愛称・ユーティー)が、9月中旬にはトルコに移動し、2007年以来、長く住んだ、アメリカを去るとの事です。

          ユートピア(理想郷・英)は、2000年3月1日生まれの日本産馬で、2007年にアメリカに来て以来、3戦1勝の成績を残しており、日本での成績31戦8勝を合わせると、34戦9勝の成績を残しました。

          2007年5月2日(日本時間・5月3日)、アメリカ・ベルモントパーク競馬場で行われた、THE WESTCHESTER HANDECAP(ウエストチェスターハンデキャップ)が、ユートピアのアメリカでの勝利を果たしたレースです。

          2008年から、種牡馬として、ニユーヨーク州・サラトガスプリングスにある、マクマホン・サラトガ・サラブレッズで、ユートピアはスタッドインし、サリーズドリーム・サロピア・ミスタートピア・フォーエヴァーズユートピアなどの産駒を輩出しており、マクマホン・サラトガ・サラブレッズで繋養生活を送る、栗毛のサラブレッドに成長しました。

          この間、ユートピアは、テキサス州の、マグドネル・モット・ランチ・オブ・テキサスに移動し、同州唯一の日本産馬として、繋養生活を送ったことがありました。

          今年の3月1日に、牡・14歳の誕生日を迎えた、ユートピア(ユーティー)ですが、トルコから、同馬を新繋養馬として送ってやりたいという、要請のオファーが、マクマホン・サラトガ・サラブレッズにあり、マクマホン・サラトガ・サラブレッズもそれに応じることになり、ユートピア(ユーティー)を売却する事が決まりました。

          フォーティーナイナーの後継産駒の1頭で、ドリームビジョンを母に持つ、栗毛のサラブレッド・ユートピア(ユーティー)は、すでに繋養先の、マクマホン・サラトガ・サラブレッズを馬運車で出発し、ケンタッキー州・レキシントンの、エルメンドルフファームで30日間の出国検疫検査を受けていて、9月中旬には、飛行機で2007年に来て以来、長く住んだアメリカを去るとの事です。

          アメリカ・ニューヨーク州・サラトガスプリングスの、マクマホン・サラトガ・サラブレッズで、2008年の種牡馬入り以来、長く繋養生活を送った、ユートピア(ユーティー)が、新天地・トルコで、新たな繋養生活を送れるのか、期待したい想い、願っております。

          UTOPIA=ユートピア(ユーティー) マクマホン・サラトガ・サラブレッズをさり、新天地・トルコへ。

          1
          2008年〜2009年の種牡馬シーズンから、アメリカ・ニューヨーク州・サラトガスプリングスパリスの、マクマホン・サラトガ・サラブレッズでスタッドインして以来、種牡馬として繋養生活を送っている、栗毛のサラブレッド、UTOPIA=ユートピア(ユーティー)ですが、この程、2014年〜2015年の種牡馬シーズンの途中から、トルコのSerder Kemar  Ozcolak氏に売却され、2014年〜2015年の種牡馬シーズン後半から、Karabey National Stud Farmで繋養されることが、判明しました。

          UTOPIA=ユートピアは、2000年3月1日生まれ・北海道・勇払郡・早来町(現・安平町)・早来現武275番地の、ノーザンファーム生産の日本産馬で、父・フォーティーナイナー 母・ドリームビジョン・毛色・栗毛・牡・14歳の男馬です。

          1歳セール出身馬のユートピアは、現役時代、日米で34戦9勝(内・31戦8勝は、日本で挙げたもの。)の成績を残しており、2007年のスタイヴァントハンデ・2着を最後に引退するまで競走馬として活躍しました。

          この間、馬主は、金子真人氏→金子真人ホールディングス(株)→チーム・ゴドルフィン(ゴドルフィン・レーシング社)と、3回・所有者が変わり、所属厩舎も、栗東・橋口弘次郎→イギリス モールトン・パドックス・サイード・ビン・スルール厩舎と、1回・転厩しております。

          2008年から、アメリカ・ニューヨーク州・サラトガスプリングスパリスの、マクマホン・サラトガ・サラブレッズで種牡馬としてスタッドインし、現在に至っていて、これまでに、サリーズドリーム・サロピア・フォーエヴァーズユートピアなどの代表産駒を輩出し、一時期は、アメリカ・テキサス州のマクドネル・モット・ランチ・オブ・テキサスにも移動し、テキサス州繋養馬では唯一の日本産馬として繋養生活を送ったこともありました。

          2014年3月1日(日本時間・3月2日)で、牡・14歳の誕生日を迎え、大きい栗毛の馬に成長した、ユートピア(ユーティー)ですが、トルコのSerder Kemaer Ozcolac氏から、ユートピアを新繋養馬として送ってほしいという要請のオファーが、マクマホン・サラトガ・サラブレッズにあり、それに対し、マクマホン・サラトガ・サラブレッズも応じ、今後の対応について協議した結果、ユートピア(ユーティー)を手放すことになった様です。

          現在、マクマホン・サラトガ・サラブレッズで、サラトガスプリングスパリスの牧草のもと、走り戯れ、繋養生活を送る、栗毛のサラブレッド、ユートピア(ユーティー)は、8月末で、マクマホン・サラトガ・サラブレッズでの繋養生活を終了し、その後は、ケンタッキー州・レキシントンのエルメンドルフファームに馬運車で移動し、ここで30日間の出国検疫検査を受ける予定で、今月の中旬には、飛行機で2007年に来て以来、長く住んでいた、アメリカを後にすることになっているとのことです。

          マクマホン・サラトガ・サラブレッズで、種牡馬としてスタッドインし、長く繋養生活を送ってきた、ユートピア(ユーティー)が、新天地・トルコで繋養生活を送れるのか、期待したいと想い、願っています。

          UTOPIA(ユートピア) 牡・13歳になった、栗毛のサラブレッド。(2)

          1
           ユートピアが繋養生活を送っている、マクマホン・サラトガ・サラブレッズは、アメリカ・ニューヨーク州・サラトガスプリングスにある、競走馬生産牧場で、1971年(昭和46年)に、アン・マクマホン夫妻によって創業した、競走馬生産牧場です。

          2000年代に入り、多くの馬を繋養生活を受け入れ、繋養生活を送っておりますが、その後、ケンタッキー州に拠点を持つ、アデナスプリングスファームの傘下に入り、アデナ・ニューヨークファームとして、管理運営を委託されるなど多角経営に乗り出しており、現在に至っております。

          ユートピアは、2008年から、種牡馬として、マクマホン・サラトガ・サラブレッズで繋養生活を開始し、現在に至っておりますが、一時・テキサス州のマクドネル・ランチ・オブ・テキサスに移動し、テキサス州で繋養生活を送っている種牡馬では、唯一の日本産馬として繋養生活を送ったこともありました。

          マクマホン・サラトガ・サラブレッズの厩舎にいる、ユートピアは、きれいな栗毛の馬体を輝かせながら、過ごしております。

          UTOPIA「ヒュヒュヒュヒュ〜ン。」

          ユートピアは、大きい雄たけびを鳴らしてやりました。

          スタッフが「ユーティー、放牧しよう。」とささやき始めると、ユートピアは、大きい鼻息を出していました。

          UTOPIA「ブルルルルルルル、ブルルルルルルル。」

          ユートピアは、サラトガの牧草に引き出してやりました。

          UTOPIA「カポ、カポ、カポ、カポ。」

          ユートピアは、フォーティーナイナーを父に、ドリームビジョンを母に持つ、美しい栗毛の男馬、それが、ユートピア、ユーティーです。

          ユートピアは、ハニーサックルバインの血などいろいろな血脈が、流れている、北海道生まれの、きれいな栗毛の馬です。

          メドウビューファームに入った、ユートピアは、大きい脚で、かけ始めました。

          UTOPIA「ヒュヒュヒュヒュ〜ン。」

          UTOPIA「パカッ、パカッ、パカッ、パカッ。」

          UTOPIA「パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ。」

          ユートピアは、大きい脚で、サラトガスプリングパリスの、大地を蹴って走って行きました。

          UTOPIA「パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ。」

          UTOPIA「パカッ。」

          UTOPIA「ブルルルルルルル。」

          UTOPIA「ヒュヒュヒュヒュ〜ン、ヒュヒュヒュヒュ〜ン、ヒュヒュヒュヒュ〜ン、ヒュヒュヒュヒュ〜ン」

          ユートピアは、大きい雄たけびで、サラトガスプリングスの空にいなないていました。

          ユートピアは、たくましく、かわいい栗毛のサラブレッドになった、きれいな栗毛のサラブレッドです。

          すでに、2012年の種付けも終了し、放牧に出されるなどとして、過ごしていた、ユートピアは、元気な男の子の馬になっておりました。

          3月1日(日本時間・3月2日)・ユートピア(ユーティー)の13回目のバースデーを迎えました、大きい馬体を持つ、ユートピアは、自作の歌でお祝いし、種牡馬として更なる活躍を願うユートピアを祝っておりました。

          2013年〜2014年の種付け料も、5000ドルと下がりはしたものの、今後も、繋養種牡馬としての、ユートピア(ユーティー)の、更なる活躍を期待したいと想い、願っております。

          UTOPIA(ユートピア)・牡・13歳になった、栗毛のサラブレッド。

          1
          アメリカ・ニューヨーク州・サラトガスプリングスパリスにある、マクマホン・サラトガ・サラブレッズで種牡馬として送っている、 ユートピア(UTOPIA・愛称・ユーティー)が、今年の3月1日(日本時間・3月2日)で、牡・13歳の栗毛のサラブレッドになりました。

          ユートピアとは、イギリス語で理想郷という意味、1516年・イギリスのトマス・モア著の作品に登場する島に由来する、たくましい栗毛のサラブレッド、それが、ユートピアです。

          ユーティーの愛称がある、ユートピアは、2000年3月1日・北海道・勇払郡・早来町(現・安平町)・早来源武275番地のノーザンファーム・生産の日本産馬で、父・フォーティーナイナー・母・ドリームビジョン・毛色・栗毛・性・牡です。

          ユートピアの血統名は、ドリームビジョンの2000です。

          ユートピア(ユーティー)は、1歳の時の、2001年・北海道1歳馬セールで金子真人氏が購買され、2歳の栗毛のサラブレッドに成長した、2002年には競走馬としてデビューしました。

          この時・競走名が、イギリス語で理想郷という意味の、ユートピア(UTOPIA・愛称・ユーティー) )となりました。

          ユートピア(愛称・ユーティー)は、現役時代・シクラメンステークス・マイルチャンピオンシップ南部杯・ユニコーンステークス・ゴドルフィンマイル・ウエストチェスターハンデキャップなど、スタイヴァサントハンデ・2着を最後に、2007年12月12日(日本時間・12月13日)に引退するまで、34戦9勝(内・31戦8勝までは、中央競馬で得たもの。)の成績を残す馬に成長するなどとして活躍しました。

          この間、ユートピア(愛称・ユーティー)の、所有者が、金子真人氏→金子真人ホールディングス(株)→ゴドルフィン・レーシング社(チーム・ゴドルフィン・ドバイ)と、トレードによる、変更で、3回変更されており、所属厩舎も、栗東・橋口弘次郎厩舎(2006年5月13日まで。)→イギリス・ニューマーケット・モールパドックス・サイード・ビンスルール厩舎と1回変更されております。

          アメリカ・ニューヨーク州・サラトガスプリングスパリスにある、マクマホン・サラトガ・サラブレッズには、2007年の12月20日にユートピアは、やって来ました。(その2へ。)


          イングランドでの繁殖牝馬生活を送る、ウオッカ(VODKA)・3

          1
           5月・ジュドモントファーム・バンスデッドマナースタッドの、ウオッカ(VODKA)は、一緒に過ごしてきた、ウオッカの2013(VODKA2013) を、繁殖牝馬厩舎内の隣接する馬房に移し、ウオッカの2013は、女傑・ウオッカとは別れて行きました。

          5月中旬・ウオッカは、ジュドモントファーム・バンスデッドマナースタッドの放牧場で放牧させました。

          VODKA「ヒュヒュヒュ〜ン。」

          VODKA「パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ。」

          ウオッカは、大きい脚で、イングランドの大地を走り、戯れてやりました。


          VODKA「ヒュヒュヒュ〜ン。」

          ウオッカは、大きい鳴き声をしていました。

          厩舎に戻り、餌をはむなど、女傑・ウオッカは、イングランドでの繁殖牝馬生活を過ごしていました。

          6月に入り、先月まで、発情チェックなどを受けるなどとして、過ごし、母・ウオッカとしての生活も板についてきている、女傑・ウオッカ、今度は、世界最強馬・フランケル(FRANKEL)と種付け交配を控えており、うまく受胎すれば、2014年の春に、ウオッカの2014(VODKA2014)が、生まれる予定になっている様で、女傑・ウオッカの繁殖牝馬としての、更なる活躍を、期待したいと想い、願っております。
          (終)

          イングランドでの繁殖牝馬生活を送る、ウオッカ(VODKA)・2

          1
           すっぴんでかわいい鹿毛の馬、女傑・ウオッカ(VODKA)は、2010年4月から、アイルランド・キルディア州・キルディア近郊・ギルタウンの、アガ・カーンスタッド・ギルタウンで繁殖牝馬として繋養生活を送っていて、現在に至っており、今年の4月4日(日本時間・4月5日)で、牝・9歳の馬になっています。

          この間・女傑・ウオッカは、2011年度の顕彰馬に、メジロラモーヌ以来・24年ぶりに牝馬として選ばれ、授賞しています。

          4月23日・午前5時15分(日本時間・午後13時15分)には、ジュドモントファーム・バンスデッドマナースタッドにて、女傑・ウオッカは、3頭目の仔馬・ウオッカの2013(VODKA2013・毛色・鹿毛・牝)を、無事に出産しました。

          ウオッカは、昨年に続いて、牝馬の鹿毛の馬を、出産しました。

          VODKA2013が立ちあがり、女傑・ウオッカは、繁殖牝馬厩舎で過ごしていました。

          4月26日(日本時間・4月27日)、女傑・ウオッカは、産駒・ウオッカの2013を、ジュドモントファーム・バンスデッドマナースタッドの放牧場に行き、放牧させました。

          VODKA「ヒュヒュヒュ〜ン、ブルルルルルルル。」
          VODKA2013 「ヒュヒュヒュ〜ン。」

          VODKA「パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ。」
          VODKA2013「パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ。」

          ウオッカは、仔馬のウオッカの2013をみながら、走ったり、歩いては、見ていました。

          ウオッカの2013を、見ながら、はんで行く、女傑・ウオッカは、きれいな鹿毛の馬体を、イングランドの大地に見つめていました。

          VODKA「ブルルルルルルル、ブルルルルルルル。」

          (その3へ。)

          イングランドでの繁殖牝馬生活を送る、ウオッカ(VODKA)

          1
           イギリス・サフォーク州・ニューマーケット郊外の、ジュドモントファーム・バンスデッドマナースタッド。

          ここに、今年の4月から、すっぴんでかわいい鹿毛の馬で、2010年から、アイルランド・キルディア州・キルディア近郊・ギルタウンの、アガ・カーンスタッド・ギルタウンで繁殖牝馬として生活を送っています、女傑・ウオッカがいます。

          今まで、女傑・ウオッカは、アガ・カーンスタッド・ギルタウンで、凱旋門賞馬・シーザスターズとの間に、牡馬・1頭、牝馬・1頭の、計・2頭の仔馬を生産し、誕生して来ました。

          今年度の、女傑・ウオッカの、配合種牡馬は、世界最強馬・フランケル(FRANKEL)と種付け交配することが決まっており、女傑・ウオッカは、3月までマタニティライフを送ってきた、アガ・カーンスタッド・ギルタウンを離れ、フェリーでイングランドにわたって来ました。

          イングランドの大地での生活は、2010年にドバイから、アイルランド・キルディア州・キルディア近郊・ギルタウンの、アガ・カーンスタッド・ギルタウンにむかう途中、1泊の為・サウスフィールド・ステーブルに来た時に次いで2回目ですが、イングランドで出産のための繁殖生活を送るのは、初めてのケースになります。

          女傑・ウオッカは、2004年4月4日生まれ・北海道・静内郡(現・日高郡)・静内町(現・新ひだか町)のカントリ―牧場(2012年3月末で、解散・閉鎖されました。)生産の、日本産の鹿毛の馬で、牝・9歳の馬です。

          女傑・ウオッカは、2〜6歳まで、競走馬として、栗東・角居勝彦厩舎に所属し、26戦10勝の成績を残し、2006年の最優秀2歳牝馬を総なめにした他、2008・2009年の年度代表馬・最優秀4歳上牝馬にも選出されており、2007年には特別賞を受賞するなど活躍しましたが、2010年3月4日・ドバイ・メイダン競馬場で行われた、ドバイ・ワールドカップ・マクトゥーム・チャレンジ・ラウンド3・8着を最後に、鼻出血症がもとで惜しまれつつ、現役を引退しました。
          (その2へ。)