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    女傑・ウオッカ 平成23年度の顕彰馬に選出される。

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    美しく、綺麗で、かわいい鹿毛の馬で、4月4日(日本時間・4月5日)に、牝・7歳の誕生日を迎えた、女傑・ウオッカ(VODKA・毛色・鹿毛)が、このほど、平成23年度の、顕彰馬に選定されました。 女傑・ウオッカは、2004年4月4日生まれ・北海道・静内郡(現・日高郡)・静内町(現・新ひだか町)の。カントリー牧場の自家生産馬、父・タニノギムレット・母・タニノシスターで、2歳の時の、2006年10月29日・京都競馬場で行われた、メイクデビュー京都(サラ系2歳新馬戦)・1着で、競走馬デビューしました。 以後、2010年3月18日(日本時間・3月19日)付で、競走馬登録を抹消するまで、阪神ジュベナイリーズフィリーズ・チューリップ賞・日本ダービー(東京優駿)・ヴィクトリアマイル・天皇賞秋・安田記念(2回)・ジャパンカップなど、通算で国内22戦10勝・海外4戦0勝・計・26戦10勝の成績を残しており、2006年のJRA賞・最優秀2歳牝馬を総なめにした他、2008・2009年の、JRA賞・年度代表馬・最優秀4歳上牝馬に選定されて受賞、2007年には、特別賞にも選定され受賞しましたが、2010年3月4日(日本時間・3月5日)・ドバイ・メイダン競馬場で行われた、ドバイワールドカップ・マクトゥームチャレンジ・ラウンド3(8着)を最後に、鼻出血症がもとで、惜しまれつつ現役を引退しています。 現在 女傑・ウオッカ(VODKA)は、2010年4月1日(日本時間・4月2日)から、アイルランド・キルデア近郊・ギルタウンにある、GILLTOWN STUD(ギルタウンスタッド)で、繁殖牝馬として繋養生活を送っており、同年6月2日(日本時間・6月3日)に、凱旋門賞馬・シーザスターズ(SEATHESTARS)との間で、3度度目の種付け交配を行い、翌・6月3日(日本時間・6月4日)に、無事・受胎が確認され、成功、以後、優雅な妊娠生活を送っていましたが、今年の4月に、お産がはじまり、予定日の、4月19日(日本時間・4月20日)になっても、流産に終るほど難産が続き、5月2日(日本時間・5月3日)になって、ようやく、初年度産駒・ウオッカの2011(VODKA2011・牡・毛色・黒鹿毛)が、ギルタウンスタッドで、カントリー牧場の名義により、無事・出産したところで、繁殖牝馬生活入りしてから、1周年の今年度も、凱旋門賞馬・シーザスターズ(SEATHESTARS)を配合種牡馬として種付け配合することになっており、女傑・ウオッカの、1年目産駒の誕生が期待されています。 女傑・ウオッカは、記者投票数157票を集めており、今回・見事に、顕彰馬に選定されたのです。 牝馬が、顕彰馬に選定されたのは、昭和62年(1987年)度の、メジロラモーヌ以来、24年ぶりのことです。 今年の6月26日には、阪神競馬場で、女傑・ウオッカの、顕彰馬選定記念セレモニーが行われる予定になっており、馬主の、谷水雄三・カントリー牧場・代表(株式会社タニミズ企画・代表取締役社長)や、調教師の、角居勝彦調教師(栗東)などが参列する予定です。 顕彰馬に選定された、女傑・ウオッカの、繁殖牝馬1年目の生活を、送りたいと想い、願っています。

    女傑・ウオッカと凱旋門賞馬・シーザスターズの初年度産駒が誕生。

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       すっぴんな鹿毛の馬・女傑・ウオッカと、凱旋門賞の優勝馬・シーザスターズの間に種付けを行った、初年度産駒が、5月2日(日本時間・5月3日)に、アイルランド・キルディア近郊の、GILLTOWN STUD(ギルタウンスタッド)で、カントリー牧場の名義で、無事に出産しました。

      名前は、ウオッカの2011で、黒鹿毛の男馬として、難産の上、無事に出産しました。

      ウオッカの2011の母・ウオッカは、2004年4月4日・北海道・静内郡・静内町(現・日高郡・新ひだか町)の、カントリー牧場生産の自家生産馬で、現役当時・新馬戦・阪神ジュべナイリーズフィリーズ・チューリップ賞・東京優駿(日本ダービー)・ヴィクトリアマイル・安田記念(2回)・天皇賞・秋・ジャパンカップなど、22戦10勝の成績を残しており、2006年のJRA賞・最優秀2歳上牝馬を総なめにした他、2008・2009年の、JRA賞・年度代表馬・最優秀4歳上牝馬を連続受賞、2007年には、特別賞を受賞するなど活躍しましたが、鼻出血症の為、2010年3月4日(日本時間・3月5日)・ドバイ・メイダン競馬場で行われた、ドバイ・ワールドカップ・マクトゥームチャレンジ・ラウンド3(8着)を最後に、現役を引退し、同年の3月18日(日本時間・3月19日)付けで、競走馬登録を抹消しました。

      一方・シーザスターズは、クリストファー・ツイ氏の所有になる、アイルランド産馬で、現役時代・凱旋門賞を制覇するなど、アイルランド・イギリス・フランスなど、欧州で活躍したイケメンホースで、2010年から、GILLTOWN STUD(ギルタウンスタッド)で、種牡馬として繋養生活を送っています。

      女傑・ウオッカは、2010年3月13日(日本時間・3月14日)に、遠征先の、ドバイを出発、飛行機で、イギリス・ロンドンの、ヒースロー空港に向かい、ここで馬運車に積みかえ、サフォーク州・ニューマーケットのサウスフィールズステーブルに向かい、ここで、一泊し、3月15日(日本時間・3月16日)の深夜・ホーリーヘッド港発のフェリーで、海路・アイルランド入りし、長い道のりをへて、同日の朝・8時30分に、繋養先の、GILLTOWN STUD(ギルタウンスタッド)に到着、ここで馬運車を降り、繁殖牝馬専用厩舎に入厩しました。

      女傑・ウオッカは、同年の4月から、繁殖牝馬として、アイルランド・キルディア近郊の、GILLTOWN STUD(ギルタウンスタッド)で、繋養生活を送っており、現在に至っています。

      女傑・ウオッカは、これまで、2回・シーザスターズとの種付け交配をしてきましたが、いずれも不受胎に終わっていました。

      2010年6月3日(日本時間・6月4日)に、女傑・ウオッカは、シーザスターズと、3回目の種付け交配を行い、深夜・無事に受胎が確認され、成功し、それ以降、妊娠生活を送って来ました。

      2011年の4月19日(日本時間・4月20日)の出産予定日を過ぎても、難産が続きましたが、13日遅れの、5月2日(日本時間・5月3日)になり、黒鹿毛の男の子の馬である、初年度産駒・ウオッカの2011を、無事に出産したのです。

      ウオッカの2011は、今後・順調に成長すれば、2013年に、日本で、逆輸入の、外国産馬として、競走馬デビューする事になっている様で、所属厩舎も、栗東・角居勝彦厩舎になる予定です。

      繁殖牝馬シーズン1年目の、今年度も、女傑・ウオッカは、シーザスターズとの種付け交配が予定されており、1年目産駒の無事誕生を、期待したいと想い、願っています。

      ハットトリック 現役引退発表から、4年。

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         サンデーサイレンスと、トリッキーコードの仔で、2008年から、アメリカ・ケンタッキー州・レキシントン近郊の、WALMAC FARM LLC(ウォルマックファーム)を拠点に、シャトル種牡馬として繋養生活を送っている、チャンピオンマイラーホース・ハットトリック(HAT TRICK=1試合で1選手が3得点以上を上げること(サッカー用語)・2001年4月26日生まれ・追分ファーム(北海道・勇払郡・追分町(2006年4月 早来町と合併・現・安平町)・追分向陽1233-1)・生産・毛色・青鹿毛・牡・10歳・血統名・トリッキーコードの2001)が、5月8日で、現役引退を発表してから、4年を迎えます。

        ハットトリックは、2004年5月8日・東京競馬場で行われた、サラ系3歳未勝利戦・1着で、美浦・清水美波厩舎から、競走馬デビューしましたが、休養の間に、栗東・角居勝彦厩舎に転厩しました。

        ハットトリックは、牡丹賞・ナリタブライアンメモリアル・清水ステークス・スポーツニッポン賞金杯(西・京都金杯)・東京新聞杯・第22回 マイルチャンピオンシップ・キャセイパシフィック香港マイルなどで優勝するなど、通算・21戦8勝(内・海外・2戦1勝)の成績を残し、2005年のJRA賞・最優秀短距離馬にも選出されるなど活躍しました。

        ハットトリックが、牡・6歳の時の、2007年4月14日に、阪神競馬場で行われた、読売マイラーズカップ・6着の後、安田記念に向けて調整されていた矢先、アメリカ・ケンタッキー州・レキシントン近郊の、WALMAC FARM LLC(ウォルマックファーム)など、海外の牧場から、南アフリカとアメリカを半年ごとに行き来する、シャトル種牡馬として繋養生活を送れるよう、種牡馬としてスタッドインしてほしいという要請のオファーがあり、それに、馬主のキャロットファームが応じ、所属厩舎と今後の対応について協議した結果、シャトル種牡馬として、後継産駒を残すことになり、5月8日に現役引退を発表しました。

        あれから、4年を迎えようとしております。

        ハットトリックは、2007年5月10日付けで、競走馬登録を抹消、山元トレーニングセンターでの出国検疫検査をへて、5月27日・飛行機で、繋養先・WALMAC FARM LLC(ウォルマックファーム)のある、アメリカ・ケンタッキー州・レキシントン近郊に向けて出発、長く住みなれた、二度と戻ることのない日本を後に、海を渡って行きました。

        現在は、アメリカ・ケンタッキー州・レキシントン近郊の、WALMAC FARM LLC(ウォルマックファーム)で、2008年から種牡馬として繋養生活を送っている他、ここを拠点として、シャトル種牡馬として、供用生活を送っており、2009年の2月に、エイプリルグリーン・ノーコメントの間に種付けた、初年度産駒が誕生したほか、no5月19日には、同場でプロポーズトゥーミーの間に種付けた、プロポーズトゥーミーの2009が、本邦で唯一の、ハットトリックの初年度産駒として、前田将兵牧場(北海道・新ひだか町・三石)で誕生しました。
        (その後・HBAオータムセールで、バローズの、猪熊広次氏(東京都)が購買、今年には、競走馬デビューする予定です。)

        ハットトリックは、初年度の2008年から、2009年までは、オーストラリア・インディペンデントスタリオンズに、2009年の春から、2010年の秋までは、アルゼンチン・ブエノスアイレス近郊の、Haras El Malin(エルマリン牧場)で、シャトル種牡馬として、繋養生活を送りました、いずれも終了し、ウォルマックファームへ帰路についています。

        トリッキーコードの2001として生まれてから、10周年という記念すべき年の、今年度は、6000ドルで、3年目の繋養生活を送ることになっており、南アフリカでのシャトル種牡馬としての繋養生活も予定されている、ハットトリックの、種牡馬としての、今後の活躍を期待したいと想い、願っております。